人のために生きる方法/山本孝史(元民主党参議院議員)

人のために生きる方法

山本孝史(元民主党参議院議員)

はじめに

こんにちは。影谷です。

あなたは人の役に立ちたい。人のために生きたい。と考えることはありませんか?

私はよく考えるのですが、本当の成功とは世の中の人から「ありがとう」と感謝されるような仕事ができることではないでしょうか。

いくらお金持ちになっても自分だけが幸福で他人を蹴散らす様な生き方、それって本当の幸せなのかと。

他人を笑顔に出来るからこそ、自分も家族も幸せにできる・・・。

you happy!,we happy!の気持ちですね。

本日は私が出会った数多くの中でも最も激しい人生の中、情熱と信念で生きた方をご紹介したいと思います。

世の中の人の幸福を考え、その信念を貫いた山本先生。あなたにもその思考力をお伝えしたいと思います。

記事の信頼性

 

この記事を書いている私は、過去に赤字経営だった事務所経営を黒字化し、年商2億円を売り上げていました。

現在も事業イベントプロデュースのビジネスに携わる傍ら、日本中の知識人から学んだ経営術を伝える当ブログを運営しています。

特に対面営業と経理実務に関することを追求することが好きです。

山本孝史(元民主党参議院議員)

山本 孝史(やまもと たかし)。日本の政治家。衆議院議員(2期)、参議院議員(2期)、民主党参議院幹事長、参議院財政金融委員長を歴任した。2007年12月、胸腺がんのため死去。享年58歳。

私と山本先生との出会いは、私が所属する民俗芸能の普及活動に後援とお力添えをいただく時にご相談にあがったことがきっかけです。

温厚な顔の後ろのに隠れる人としての厚みは大きく、蓋世之才を持ち合わせた方だろうなということを感じていました。

また特に奥様のゆきさんも山本先生の奥様らしいとても素敵な女性で、闊達でとてもチャーミングな方です。

ゆき夫人は秋田県出身なので大曲の花火大会の時に頭を山本議員の肩に乗せて観覧する夫婦の後ろ姿を見たときは、本当に仲の良い夫婦だと感じました。

山本孝史先生の偉業

1.大学生の時に「大阪交通遺児を励ます会」を結成

山本孝史先生は、お兄さんが自宅前でトラックに轢かれて亡くなられております。山本先生は後に、母が亡骸となった兄の脚をさすっていた姿を、今も鮮明に覚えていると話されていました。立命館大学在学中に大阪ボランティア協会で交通遺児育英募金と出会い、交通遺児の作文集を読まれた時に自分の過去と両親の想いが重なったと言います。「大阪交通遺児を励ます会」を結成された先生は全国協議会の事務局長に就任されました。大学生だったにもかかわらずその正義と志はこの時からあったのだと感じます。

2.薬害エイズの真相解明

薬害エイズ事件は、1980年代に血友病患者に対し、加熱処理してウイルスを不活性化しなかった血液凝固因子製剤(非加熱製剤)を治療に使用したことにより、多数のHIV感染者およびエイズ患者を生み出した事件。この当時、隠されたファイルの存在や、加熱製剤承認後も非加熱製剤が使用され続けていた事実を山本先生が国会で明らかにされました。

3.脳死臓器移植問題

1997年、臓器移植法の審議に際して「脳死を『人の死』と定義する」案(いわゆる中山太郎案)に反対し、対案を提出。中山案と金田・山本案の採決は、憲政史上初めて与野党とも党議拘束を行わない中で実施されました。

4.「年金政策の第一人者」

小泉政権下、「年金などの社会保障制度が破綻寸前なのに有効な対策が打ち出されていない。」と指摘。NHKなど多くのメディアでその実態にメスを入れられました。

・・・・

と数多くの実績を残されました。
もっとご紹介したのですが、ここでは割愛させていただきます。
山本ゆきさんがご紹介する「山本孝史 いのちのバトン」のホームページに詳しく記載されていますので、お時間があればご覧ください。
http://www.ytakashi.net/index.html

生かされたいのち。がん対策の活動

山本孝史先生は平成18年1月に「ステージ4」の進行がんであると診断されました。何も治療をしなければ余命は半年だったそうです。

余命半年で何が出来るのか。国会議員だからこそできること。がん患者だから出来ること。

それは山本先生の遺された言葉で十分伝わるのでは無いでしょうか。

いのちを見つめ、大切にする「いのちの政策」。
それを、やれるところまで、やります。
僕は、与えられた命を生き抜きます。
         2007年6月15 記

先生のいのちを削ってまで挑んだ対策基本法の早期成立を訴え。

その想いは国会議場、党を超えて温かい拍手が鳴り止みませんでした。

国のがん対策の推進を定めたこの法律は、超党派の議員立法により2006年に成立し07年4月施行されます。

 

人として生まれたなら、ひとのために生きる方法

私の考える「成功」とは決して人を陥れてまで勝ち取る者ではないと思っています。

山本先生の生き方はまさにそうだと教えてくれています。

人のために「生きる・働く。」

これが本当の成功者の教えだと感じます。

これまで私に多くの成功者や知恵者は「決してお金や名誉のために仕事をするな、人が喜ぶことをしてはじめて成果が後からついてくると教えてくれました。

人のために多くを成し遂げる。

それが自分が生きた証になる。

山本先生はそれを身をもって実践されたお方だったと感じます。

山本先生はがん対策基本法の訴え後、2006年7月の参議院選挙にも立候補され、みごと再選を果たされました。先生はこの時の想いを「天からまだやり残していることがあると言われたような気がした」とおっしゃられています。

その年の12月4日には筆頭発議者として「被爆者援護法の改正案」を提出されます。これが国会議員として最後の仕事となりました。

最後の言葉に先生は「どれだけ長く生きるかではなく、どのように生きるか」ということを考える方が人として重要です、とも言葉として残されています。

最後の最後まで諦めない信念。

私たちは本当にこの気持ちを胸に刻まねばなりません。

先生の志は多くの方へ勇気を与えてくれたと思います。

私もその一人です。

 

「黄金の智恵袋」

本日もご覧いただき、誠にありがとうございました。

 

ABOUTこの記事をかいた人

影谷(かげたに)

執筆者【経歴】関西出身 ▶︎年商2億円の事務所経営経験(芸能関係/10年) ▶︎国内ポピュラーコンサート・イベント運営企画 業務に携わっています▶︎ Blog「黄金の知恵袋」 (最高月3万PV )運営 ▶︎ 元・超あがり症 ▶︎ ビジネスに関する税対策や経営実務が得意です ▶︎伝えたいこと:自分がビジネスマンとしてレベルアップしたときに経験した知恵と面倒な経営実務や財務処理、税の対策を中心に「経営で頑張る人」に悩みとその解決策をお伝えしています。▶︎メッセージ:このブログのビジネステクニックや思考力を実践して一流のビジネスパーソンを目指してください!